ton200906京都&東山 ぶらりピカリ 17

ナンデ、坂本龍馬の妻を「東山ぶらりピカリ」に掲載したかと言うと、この龍馬とおりょうが『逢引」をした場所が、東山区の三十三間堂の傍、方広寺の「大仏」付近だったとか。
その頃、勤皇志士は隠れ家に、三十三間堂南門の今熊野道にあっつた河原屋五兵衛の隠居所を借りており、おりょうの母と妹が下働きで住み込み、そこへ出入りしていたのは、才谷梅太郎(坂本龍馬)、中岡慎太郎、元山七郎、松尾甲之進、等々、まだ海援隊を組織する前の頃、徳川幕府側の浪人探索が厳しく、彼らはいつも居所を変えて潜伏していた。
おりょうは七条新地の「扇岩」で奉公していて、隠れ家との中間で出会っていたのだろ。
東山は、竜馬が闊歩した時代も草食系の男の子が無気力に歩いてる今も、絶好の「逢引(古?)ポイント」が多い。
おりょうさんの写真をこの「とんからりん」でご覧になって、大昔?の初恋カルピスの味か、失恋のビールの苦い味を想い出されるキッカケになれば、誠に喜ばしいことだ。