ton200807お酒の四方山話 「本直し(ホンナオシ)」

当社の楽々ホールで桂米二師匠が中心になって下さって「こころ坂・楽々寄席」を年三回開いています。以前の落語会で米二師匠が「青菜」を演じられました。
夏、出入りの植木屋さんに「やなぎかげ(注・参照下さい)」のアテに青菜を出す話です。
我が祖父喜一郎も夏の夕方、ガラス銚子に冷やした「黄色の酒」をガラスの盃でチビリチビリのんでいました。横からその杯に指を突っ込んで舐めると「やなぎかげやから甘いやろ」と祖父が笑いながらいいました。
甘酒が夏の季語と同様「やなぎかげ(本直し)」も夏に飲む酒でした。ビールは高級品で一般的でない時代です。当時伏見の「四方合名会社=現宝酒造」からそれを仕入れていました。
戦中戦後、米が統制で日本酒がつくれない時代、薩摩芋を原料に連続蒸留機で90度以上のアルコール精製法が出来、それを割り水し焼酎(甲)が良く売れていました。
只、この新式焼酎は「酔えるが味が無い」そこで味醂を加えた「本直し」として販売されました。価格は焼酎より高く、二級酒より安い値段だったと思います。
戦後に販売された「本直し」は焼酎(甲)と新式味醂とで造られたもの。本格焼酎・(焼酎乙)と本式味醂とでつくられた「やなぎかげ」の代用品と思ってください。
米焼酎(本格)に旧式味醂を調合(カクテル)すれば「直し=やなぎかげ}になります。